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ダーウィンの歴史&遺産

​アボリジナル・ドリームタイム、開拓精神と移民の歴史、戦争からの生還した話などはこの地域を知るのに重要な手がかりとなります。

アボリジナル・ドリームタイム、開拓精神と移民の歴史、戦争やサイクロン・トレーシーからの生還話などトップエンドの住人すべてがそれぞれ語るべき話を持っています。この地域の歴史は、どの角度からでも魅力溢れるものです。                                                             

アボリジナル文化     

複雑さと魅力に溢れたダーウィンとティウィ島の先住民族の歴史は数万年前にはじまります。ノーザンテリトリー博物美術館で概要を学び、歴史の生き証人である人々から直接話を聞いてみましょう。                                                                

開拓(者)精神と戦前の建築物  

ダーウィン開拓と戦前の様子は今なお残る古い建物が物語ります。ブラウンズ・マート、議場(ガバメント・ハウス)、ファニー・ベイ・ガオル(?)などの初期開拓者の石造りの建物を鑑賞し、戦前のトロッポ建築(アーキテクト)をみてバーネット・ハウスでのハイティーで歴史に思いを馳せてみましょう。                                                 

最前線からの生還     

ダーウィンとティウィ島は第二次大戦の影響を大きく受け、1942年にはダーウィンの町は壊滅的な打撃を受けました。戦争遺産や戦死者(戦争の苦い足跡?)はダーウィン周辺にあるバンカーズ、石油トンネル、墓地や博物館に今も残ります。                                 

サイクロン・トレーシー   

戦後再興したダーウィンは再び苦難に襲われます。1974年のサイクロン「トレーシー」により71人の命と、町の殆どの建物が失われました。トレーシーの傷跡は今でも鮮明でノーザンテリトリー博物美術館では被害に見舞われた町の様子が見られます。                                             

移民と工業    

ヨーロッパの植民地時代から貿易で発展したダーウィンは古くから航空産業が盛んで、オーストラリアから世界への玄関口となっていました。1870年、オーバーランド・テレグラフ・ライン(大陸横断電信線)の架設やパインクリークでのゴールドラッシュによって世界中から労働者が集まったことが、後にこの地域の魅力のひとつとなる多(人種・多)文化主義の始まりとなっています。

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